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一人播磨灘物語(10/06/12) [モールトン]

大河ドラマの影響で書店には多くの幕末に関する本が並んでますが、やっぱり戦国時代が一番興味があるTAKE4です。
豊臣秀吉が駆け出しの頃、軍師として支えた美濃垂井出身の竹中半兵衛が好きなんですが、半兵衛に関する本って数が少ないんです。
半兵衛について書かれた本を探していると、秀吉を支えたもう一人の軍師 黒田官兵衛を主人公に描いた司馬遼太郎さんの「播磨灘物語」を知り、読んでみると面白い。
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読み終えてから、この播磨灘物語ゆかりの地をモールトンと共に巡るのも面白そうだと思い、「一人播磨灘物語」をあたため続けてきました。
梅雨目前?ということで、愛車Sonicとともに出陣。

今回巡った場所と歴史
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出来事の順番に回れたらよかったんですが、どう考えても無理なので飽きないように行き帰りのルートも変えました。

6/12、朝8時過ぎに出発。
六甲山の北側から三木を目指しました。
序盤はやや上りの道が続きます。
上りでは少しでも鍛えるために、頑張って漕ぎました。
上りきって神戸北区の田園風景を眺めながら、のどかな道を気持ちよく走ってました。
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2時間ほどで竹中半兵衛の墓に到着。
三木城攻略中、36歳の若さで平井山の陣中で病死した、秀吉の軍師である竹中半兵衛。
教科書に出てくるようなメジャーな武将ではないですが、道路にちゃんと看板が出ていました。
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案内にしたがって進むと、ブドウ畑の奥に白壁が覆われたお墓がありました。
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近くに花を買える所があれば、そなえたかったです。
ひっそりと、静かな場所にお墓はありました。
他の場所にも半兵衛の墓と伝えられているところがあるそうです。
播磨灘物語の中で、竹中半兵衛はしっかり描かれています。
主人公・黒田官兵衛が、謀反を起こした有岡城の荒木村重に囚われ監禁されたとき、織田信長が裏切ったと勘違いし、人質として秀吉が預かってた官兵衛の子供 松寿丸(のちの黒田長政)を殺害するよう命じます。裏切りなんて無いと信じていた半兵衛が独断で絶対的な信長の命令に背き、自分の城のある美濃垂井に匿ったのでした。
その後、有岡城が落城し官兵衛が救出され、信長の命令に背いて半兵衛が松寿丸を匿っていたこと、さらに半兵衛がすでに病死したことを聞いて泣き崩れました。
その一連のことが特に詳しく描かれている播磨灘物語(三)は、何度でも読み直したいと思うのである。
記念にここで国盗り「三木・西脇」エリアを統一。
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次に向かったのが三木市の中心部にある三木城跡です。
三木城はちょっとした山の上にあるので、どこから上っていいのかわからず、周囲をウロウロしていたら「→三木城址」というポールを発見。うげー、思いっきり急坂階段やん。
Sonicを下に置いていくのは嫌なので、担いで階段を上りました。
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上には石碑などが建ってました。
三木城は秀吉と別所長冶の戦いで、秀吉は兵糧攻めを行いました。
この兵糧攻めで、三木城内では飢えに苦しみ、ネズミや戦闘用の馬、草や根っこなどを食べるような悲惨な状況だったそうです。
結局、別所長冶はじめ一族の命と引き換えに、場内の民を助けるということで1年8ヶ月に及んだ戦いが終わりました。
別所長冶の辞世の句を刻んだ石碑があります。
「今はうらみもあらじ諸人の命にかはる我身を思へば」
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ここから三木市内を眺めることが出来ます。
階段を下りるか・・・と思っていたら、ちびっ子の声が聞こえてきて裏に保育所があることに気付く。
なんだ、普通に舗装路があるのか・・・帰りは苦労せず下って行きました。
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次に向かったのが加古川市にある称名寺です。
ここは加古川城跡地でもあり、別所氏と秀吉が対決するきっかけとなった「加古川評定」とも関係する場所とのこと。
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詳しい解説がなかったので、ちょっとわかりませんが・・・
加古川評定については、播磨灘物語(二)に詳しく書かれています。
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加古川からは国道2号をひたすら西に進みます。
姫路市内に入ってしばらく走ると、「御着」に到着。
国道のすぐ横に、御着城跡と黒田家の廟所があります。
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黒田家は代々、小寺という小勢力の家老を務めてました。
その小寺氏の本拠地がこの御着城でした。
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敷地内には黒田官兵衛の記念碑がありました。
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公民館の西側には、黒田家の廟所がありました。
後に、福岡を治める黒田家が1800年くらいにこの地に作ったとのこと。
福岡という地名は、黒田氏発祥の地(備前福岡)からきているらしい。
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次に向かったのは姫路城。
現在、平成の大修理中で、クレーンが建ってました。
現在の姫路城は池田輝政が大改修したものがベースになっていますが、その昔、小寺氏が治めていて、その配下の黒田氏が居城としていました。もちろん、今のようなすごい造りではありません。
秀吉が播州(兵庫県)に兵を進めたときに、官兵衛が自分の居城である姫路城を秀吉に提供してしまいます。
よっぽど小寺家・自分自身の運命を秀吉(織田家)にかけていたのでしょう。
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大修理が始まった姫路城。
なんだかクレーンが痛々しいです。
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次に向かったのが、英賀保近くの英賀神社です。
毛利軍が攻めてきたときに、この地にあった英賀城で地元勢力と合流し、官兵衛率いる小寺氏に脅しをかけます。
それに対し、策を練って短期決戦で毛利氏を追い払うことに成功しました。
後に、この英賀城の勢力は、織田軍に踏み潰されます。
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英賀城の跡地を示す土塁。
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神社のすぐ横には、播磨灘物語と書かれた司馬さんの文学碑が建っている。
前述の落城した英賀城にこもっていた侍の一人が司馬さんの先祖らしい。
いわば、敵を主人公にして物語を書いたわけですね。
近くの広畑天満宮にも司馬さんの文学碑があるとのこと。
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この日も日差しが強く暑かったです。
姫路からの帰り道は国道250号や県道などを走り明石に出ました。
ちょっとの向かい風ですぐにスピードも落ち、道も単調でだらけモードの走りが続きます。
冷たい甘いものが食べたくなってきたのでアイスでも買おうかとコンビニで休憩。
「ガツン、とみかん」というのが好きで、毎年箱買いしているんですが、
100612_g1.jpgガツン、とみかん

アイスコーナーを見てみると「ガツン、とマンゴー&パイン」というのがある。
うおー、こんなのあったんだ!即購入。
美味しい。これはいいぞ!いつから発売されていたんだろう。
100612_g2.jpgガツン、とマンゴー&パイン

「ガツン、とマンゴー&パイン」に満足し、再び走り出し、しばらく走っているとまた食べたくなってきた。
腹がゆるいので、あんまり食べると下したら大変だしなあ、と思いながら水分補給にコンビニに入ったときにアイスコーナーを見てみると、今度は「もも」
食べないわけにはいきません。
マンゴー&パインに比べると、味は薄めですね。でも、これも美味しい。個人的には、マンゴー&パインがオススメです。
結局、本家の「みかん」は見なかった・・・
100612_g3.jpgガツン、ともも

家に帰ってから調べてみたら、他にもぶどうとかがあるらしい。
近くに全種類揃っている店無いかな。

明石に出て、道が広くなると気分的にもスイッチが入り、ペースがあがりました。
国道2号をひたすら東に走り、なんとか明るいうちに尼崎に到着。
備中高松城攻めの最中、本能寺の変を聞いた秀吉は、毛利と進めていた講和を急ぎ、話がまとまると明智光秀を討つべくすごい勢いで関西まで戻ってきます。(通称:中国大返し)
ここ、尼崎で軍備を整え、後の山崎の合戦で明智光秀を撃ちました。
阪神尼崎の南側に寺町と呼ばれる寺が密集した場所があります。
秀吉は軍備を整える際に、寺を本営としたらしいのですが、そのお寺も現在の場所とは違う場所にあったとのこと。
様々な説があるらしいのですが、とりあえずこの寺町に来てみました。
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確か11の寺が集まってます。
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寺町を後にし、JR伊丹駅前にある有岡城跡を目指します。
19時くらいに到着。さすがに薄暗くなってきていました。
この有岡城は織田信長の重臣だった荒木村重が謀反を起こし、説得に行った官兵衛が裏で織田家を裏切った主人・小寺氏などによる計略に落ち、囚われてしまいます。
死と向き合いながら、牢獄の窓から見える藤の花の成長に希望を抱き、生き続ける様子が心をうちます。
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駅前の整備された石垣を上ると、当時の建物跡が残されてました。
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奥には土塁跡や石垣の跡も。
当時はかなり大きい城だったはずですが、残されているのはホンの一部です。
官兵衛が監禁されていた場所はわかりませんが、播磨灘物語の重要な場面の舞台が少しでも残っていることがうれしく思う。
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そして19:40に帰宅。
今回の「1人播磨灘物語」もっと楽に回れるかと思ってましたが、けっこう距離を走ってました。
なんとか無事完走できてよかったです。これは、完全に自己満足のサイクリング(笑)
帰宅後のビールはサイコーでした。

走行距離 199.3km


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レモ澤

先日、おっしゃっていたツーリングを実行されたのですね。
なかなかの歴史大作、読み応えがありましたし、勉強になりました。
若い頃は偉い人のお墓をよく参りました。(結構、好きなんです)
太宰さんとか、鴎外さんとか、遠くはマン・レイとか、
ちょっとジャンルは違いますが墓前に立つと、
その人が身近になるような気がするから不思議ですよね。
by レモ澤 (2010-06-16 09:36) 

TAKE4

訪れる場所ごとに、本(文字)だけの情報のはずが時代劇に入り込んだかのようにワクワクしてました。今まで普通に見ていた場所・通ってきた道も、違った視点から楽しめました。
おっしゃるとおり、偉人がすごく身近になるような感じで不思議です。
レモ澤さんは文学・芸術系ですね。

少年の頃は本を読むのが大嫌い、国語も大の苦手でしたが、いつの間にか本を読むようになり、本に影響を受けて別の趣味で楽しめる・・・素敵(笑)

by TAKE4 (2010-06-16 22:00) 

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